– プラズマ応用分野で産業界に貢献した研究者として選出 –
フュージョンエネルギープラントのエンジニアリングを手掛ける京都フュージョニアリング株式会社は、当社取締役CTOの坂本慶司(理学博士)が、「第7回AAPPS-DPP プラズマイノベーション賞(AAPPS-DPP Plasma Innovation Prize)」を受賞したことをお知らせします。
2019年に設立された本アワードは、AAPPS-DPP (Association of Asia Pacific Physical Societies- Division of Plasma Physics:アジア太平洋物理学会連合 プラズマ物理分科会)が、プラズマ応用分野で産業界へインパクトのある先駆的かつ独創的な貢献を行った研究者に授与するもので今回が7回目の選出です。坂本は日本人研究者として3人目の受賞者となります。

■受賞理由
ジャイロトロンおよびそれを⽤いたミリ波装置の開発と商業化、1MW ジャイロトロン発振、電⼦の使⽤済みビームエネルギー回収、メガワット級ジャイロトロンの⾼効率電⼒供給のためのダイヤモンド出⼒ウィンドウの実証に対する多⼤な貢献により、核融合プラズマ装置の実証に貢献、実⽤的なエネルギー源としての核融合エネルギーの実証に向けたプラズマ加熱⽤ジャイロトロンの商業化を⾏ったことに対して。
引用元:AAPPS-DPP_Awards2025.pdf
■坂本慶司の業績について
1981年に日本原子力研究所(現在の量子科学技術研究開発機構:QST)へ入所以来、プラズマ加熱装置「ジャイロトロン」の開発に従事し、高周波・高出力・長パルスなどの性能向上に取り組みました。坂本が率いる日本の開発チームは様々な成果を達成し、日本のジャイロトロンを世界屈指の性能を誇るものへと進化させてきました。
2021年4月には当社に参画し、ジャイロトロン開発を手掛ける技術部門をけん引しながら、日本の優れたジャイロトロンに周辺装置を組み合わせた「ジャイロトロンシステム」を、世界中の研究機関や民間企業に提供しています。また、2024年には量子科学技術研究開発機構(QST)らと共に、1基のジャイロトロンで5つの周波数の電磁波出力を世界で初めて実証し、236GHzの大電力マイクロ波の発生にも成功しています※1。
現在のジャイロトロンの礎を築いた坂本率いる日本の開発チームによる主な成果は次の通りです。
1. ジャイロトロン効率50%の達成※2
1980年代のジャイロトロンは、電子ビームからミリ波への電力変換効率が約30%で、ビーム電力の70%とその多くがコレクターで消費され失われていました。1994年に、「デプレスト・コレクター(減圧コレクター)」という新しい技術を採用したことで、110GHzジャイロトロンの出力0.5MW時の効率を30%から50%に向上させることができました。これにより、電源容量、コレクターへの熱負荷、冷却システム容量が大幅に削減されました。このデプレスト・コレクターは現在、ジャイロトロンの標準技術であり、大型加熱システムには必須の技術となっています。
2. 1MW/170GHzの実証※3
連続波(Continuous Wave :CW)運転では、共振器壁のオーミック損失※4による熱負荷を2kW/cm²レベルで抑える必要があります。当時、ジャイロトロンの開発のターゲットとなっていた国際熱核融合実験炉「ITER」で求められる性能は、長パルス運転での1MW/170GHzでした。このため、坂本らは高次モードTE₃₁,₈を採用し、1995年に短パルスジャイロトロンで1MW/170GHzの発振を実証しました。
3. ダイヤモンド出力窓を用いた長パルスジャイロトロンの実証※5,6
長パルスジャイロトロンでは、ミリ波の熱負荷が大きく、窓の温度が急激に上昇することから、出力窓が大きな課題となっていました。例えば、従来のサファイア二重ディスク窓(表面冷却型)は、170GHz長パルス運転では出力が0.2MW以下に制限されていました。この課題を解決するべく、EUと日本の共同研究によりエッジ冷却型ダイヤモンド窓が開発され、170GHzジャイロトロンに搭載されました。その結果、窓温度の安定化が実証され、1MW連続波運転への道が開かれました。このダイヤモンド窓ジャイロトロンの成功後、臨界プラズマ試験装置「JT-60U」にECHシステムが導入され、110GHzジャイロトロンを用いて電子温度300万ケルビンが達成されました※7。
4. 高効率1MW準連続波運転の達成(170GHz)※8
高次モードでのジャイロトロン発振では、モード競合が大きな障害となります。発振中に電子ビームパラメータを能動的に制御することで、いわゆるハード励起領域において、前例のない55%の効率で1MW連続波運転を達成しました。また、0.8MWで1時間の運転を57%の効率で実証し、最大効率は0.6MW出力時に60%に達しました。この成果により、将来のフュージョンエネルギープラントにおける加熱および不安定性制御へのジャイロトロンの応用可能性が大きく高まりました。
5. 多周波ジャイロトロンの実証※9,10,11
多周波ジャイロトロンは、最適な発振モードの組み合わせを見出すことで実現されました。例えば、104GHzではTE₁₉,₇、137GHzではTE₂₅,₉、170GHzではTE₃₁,₁₁、203GHzではTE₃₇,₁₃が使用されました。これらのモードはモードコンバーター内で同じバウンス角を持ち、同じ放射角でガウシアンビームに変換され、ダイヤモンド窓を通じて出力されます。さらに、これらの周波数は厚さ1.853mmのダイヤモンド窓に対して透過性があります。磁場と三極管電子銃のアノード電圧を調整することで、約1MWの出力がガウシアンビームとして窓から出力されることが実証されました。
■坂本慶司からのコメント
ジャイロトロンの開発に携わって40年以上が経過する中、世界的に権威ある賞をいただけたことを、大変光栄に思っております。この受賞は私個人のものではなく、ジャイロトロンの開発に携わってこられた多くの研究者の皆様に対するものと思っており、特に長年にわたって研究開発をけん引してきた量子科学技術研究開発機構(QST)、そしてキヤノン電子管デバイス、東芝をはじめとする日本のものづくり企業、さらには当社のメンバーに心より感謝申し上げます。
ジャイロトロンは、フュージョンエネルギーの実現に大きく貢献するものであり、現在もなお性能向上の余地がある分野です。今後もCTOとして第一線に立ち続けながら、次世代への技術継承にも力を注ぎ、持続可能な開発体制の構築に尽力してまいります。
■ジャイロトロンシステムについて
磁場閉じ込め方式のフュージョンエネルギー炉において、核融合反応の条件となるプラズマ状態を作り出すために必要な加熱システムです。ジャイロトロンは長年にわたり量子科学技術研究開発機構(QST)をはじめとする国の研究機関や学術機関等で多くの研究者によって研究開発が行われてきました。2021年には、国際的な研究開発プロジェクト「ITER」で日本国内機関としてQSTが担当する8機のジャイロトロンを完成させています。
当社はその技術をベースにしながら、キヤノン電子管デバイス株式会社を始めとするものづくり企業の協力のもと、高周波数ジャイロトロンシステムの開発や出力時間の長期化など、日本発のジャイロトロンが世界中で利用されるように研究開発を行い、産業転用できるよう取り組んでいます。加えて製品管理や品質保証など、ジャイロトロンの社会実装に向けて必要なプロセスを民間企業の立場から推進しています。
当社のジャイロトロンシステムは、英国原子力公社(UKAEA)や、英国Tokamak Energy社、米国General Atomics社のほか、世界中の研究機関や民間企業から複数受注しており、高性能・高品質な製品として評価されています。
※1:1基のジャイロトロンで5つの周波数の電磁波出力を世界で初めて実証 | NEWS | Kyoto Fusioneering
※2:K.Sakamoto, et al., Phys.Rev.Lett., 73, 26, p.3532 (1994).
※3:K.Sakamoto, et al., J.Phys.Soc.Jpn, p.1888 (1996).
※4:オーミック損失:電流が流れる際に抵抗によって発生する熱エネルギーによる損失のこと
※5:A.Kasugai, K.Sakamoto, et al., Rev.Sci.Instrum., 69, 2160 (1998).
※6:K.Sakamoto, et al., Rev.Sci.Instrum, 70, p.208 (1999).
※7:Yoshitaka Ikeda, et al., Fusion Sci.Tech.,42, Issue 2-3 p.435 (2002).
※8:K.Sakamoto, et al., Nat.Phys. 3, p.411 (2007).
※9:K.Sakamoto, et al., Nucl. Fusion, 49, 095019 (2009).
※10:K.Kajiwara, et al., Appl. Phys.Express. 4, 126001 (2011).
※11:Ryosuke Ikeda, et al., J.Infrared, Mill., Terahertz Waves, 38, p.531 (2017).