2023.06.28
INTERVIEWS & COLUMNS

Behind the Fusion Scene: 神田 若菜

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神田 若菜, Corporate Management Division based in the UK office, Senior Staff
2022年1月より京都フュージョニアリング(KF)に参画し、同年10月からKF英国支社でのコーポレート立ち上げ業務を担当。前職では、日本サッカー協会の事務局員として東京オリンピックのゲストマネジメントなどに従事。国際基督教大学心理学メジャー卒。

子ども時代はどのように過ごしましたか?
一人で高い場所に登ったり、狭い場所に入り込んでしまって出られなくなったりすることがよくあるぐらい好奇心旺盛な子どもだったのですが、父の仕事の関係で日本と海外を転々としていたので、カルチャーショックを受けたり、自分自身のアイデンティティについて悩んだ時期も長かったです。

幼少期はヨーロッパで過ごし、小学校2年生のころに日本に帰国しました。特に記憶に残っているのが小学生2年生のディスカッションの授業での出来事。誰も話し出さないので自分が思ったことを素直に言ったら、クラスメイトに注意されて…。人生初のカルチャーショックでした。良い悪いは別にして、これが、日本ならではの空気感や振る舞い方というものを徐々に読み取っていくきっかけになったように思います。そしてようやく日本の環境にも慣れて楽しめるようになった頃、次は父のアメリカへの転勤が決まりました。

アメリカには小学5年生から中学の終わり頃まで滞在し、日本とは真逆のカルチャーショックを経験しました。日本では自分を抑えることが多かったのに対して、アメリカでは個性を出さないと認めてもらえないような雰囲気があって、さらに英語も以前ほど話せなくなっていたので、つらい時期もありました。ただ、友達や先生に「いまの発言素晴らしかったね」などと声をかけてもらううちに、徐々に自信を持てるようになり、チアダンスにも夢中になりながら充実した時間を過ごせるようになりました。そしていよいよ高校進学というタイミングで、両親から再度イギリスへの転勤が決まったことを告げられました。

この時、初めて両親に強く反抗し、アメリカに残れる方法を必死で探しましたが、当時はまだ15歳だったこともあり、悩んだ末に家族と一緒に移ることを決めました。当時大好きだったハリーポッターが、イギリス移住にあたっての心の支えでした(笑)。

アメリカを経てのイギリス生活では、同じ英語圏ということで言語面では助かった部分もありつつ、学校のカリキュラムがイギリスのほうが進んでいたため、3年間勉強漬けの日々を送りました。一方で、アメリカと違って電車やバスで簡単に出かけられる環境だったので、課外活動で美術館やオペラやミュージカルを見に行ったこともあり、イギリスらしい文化に触れられたのは楽しかったです。

また、自分のアイデンティティについて考え、向き合ったのもこの時期でした。実のところ、それまで私は自分が日本人であることをあまり肯定的に思えていなかったんです。ただ、アートの授業で自分のカルチャーに関する課題が出て、日本の昔の版画や、水墨画、彫刻に触れたときに『綺麗なものたくさん作れる国なんだな』と素直に感じることができました。それまでずっと特定の故郷がなく、自分はどこへいってもよそ者のような感覚があったのですが、日本出身だからと言って日本に強い思い入れを持つ必要はなく、逆に現地の人々と同じようになる必要もないと、良い意味でニュートラルな考え方を自分に許せるようになったんです。

特に、イギリスでの生活は、LGBTの人々が当たり前に暮らしていたり、通っていた学校にもアジアやアフリカ出身の人が多く、みんな色んな英語を話していたりする環境でした。そのなかで『自分が目の前の人のことを好きだと感じたり、寄り添いたいと思ったりするかどうかに、その人のバックグラウンドや考え方の違いは関係ない』と感じるようになったんです。

悩んだ時期もありましたが、18歳になるまでの間に立場や性別、国籍が違う様々な人に会える環境で過ごせたことは私にとっては間違いなく大きな財産になりました。

KFに入社される前はどんな仕事をしていましたか?
大学1年からは日本の大学で心理学を専攻していたこともあり、卒業後の進路として最初はカウンセラーの仕事にも興味がありました。ただ、一人前になるためには10年近く経験を積むことが必要で、情熱を維持できるか不安もあったため、まずは就職して社会人生活経験してみようと思い、ご縁があった日系のウェブ広告代理店の法人営業の仕事に就きました。

入社後は、コスメや美容系商材を扱う日本国内のクライアントへの広告提案などを担いました。仕事自体へのやりがいは感じていたのですが、海外での経験や語学力をより活かせる環境や仕事の方が合っているのではないかと感じ、新しい機会を探すことにしたんです。

そのころちょうど2014年のW杯が開催されていて、現地に試合を観に行く機会があったのですが、帰国後、職業紹介会社の方から「スポーツに興味があるなら英語も使える仕事がありますよ」と紹介を受けたのが2社目の日本サッカー協会(JFA)でした。

配属先では年齢や国籍の異なる多様なメンバーに囲まれ、英語だけでなくアラビア語やイタリア語など、さまざまな言語が日常的に飛び交い、とても刺激的でした。業務内容は、他国のサッカー協会との会議の準備や資料作りから、日本人指導者の海外派遣サポートや海外からのゲストや選手のロジスティクスの手配まで多岐に渡りましたが、これら経験を活かし、2021年の東京オリンピック開催時には札幌ドームのゲストマネジメントの責任者を務めることができました。コロナの影響で計画通りに進められないこともありましたが、国際的なイベントの現場でマネジメントに関われたことはめったに味わうことのできない経験だったと感じています。

JFAでの経験を通じて、ゲストの方に喜んでいただいたり、ワクワクしてもらったりすることが、自分にとっての大きなやりがいだと実感するとともに、強い思いを持って業務に取り組んでいる尊敬する仲間の力になりたいと思う気持ちが、自分の原動力になることにも気がつきました。

KFに入社したきっかけは?
以前から、いつか海外での仕事を経験してみたいと考えていました。ただ、JFAでのお仕事がとても充実しているからこそ、「敢えて環境を変えない限り、新しいチャレンジを自分に課すことはできないかもしれない」とも思いました。そこで、オリンピックのプロジェクトがひと段落したタイミングで、意図的に環境を変えるべく、以前から関心があったホスピタリティマネジメントを学ぶことができるイギリスの大学院に応募しました。

ただ、その結果が出るまでには半年近くあり、その期間中にできる仕事を探す中で、偶然にもKFの営業アシスタントのポジションに出会いました。

仕事で英語を使えること、イギリスともやりとりがあることも魅力的でしたが、面接の際にメンバーの方々の素敵な人柄に触れたこともあり、2022年1月から派遣社員として参画することになったときは嬉しかったです。
主に見積もりの作成や英訳、補助金申請用の資料の作成などの業務に従事していましたが、3月にはKFのCTOでもある小西先生の京都大学退官パーティーの企画運営にも携わることになり、参画してまもない自分に大きな仕事を任せてもらえたありがたさも感じていました。

実際のイベントの運営は、コロナの影響による開催日の変更など大変さがありつつも、普段は遠方でなかなかお会いできないゲスト方々が小西先生のために集まってくださり、皆さんがとても嬉しそうにされているのを見られた時は感無量でした。

UK駐在に至ったきっかけは?
入社して数ヶ月が経ったタイミングで、イギリスの大学院の結果が届き、無事進学できることが決まっていました。参画時に留学を検討していることはすでにKFに伝えていましたが、改めて、将来的には海外で働きたいと考えていることを話したところ、会社から「将来的にイギリスで働くことを考えているなら、KFのUK法人で働くのはどう?」と提案いただいて、心が揺らぎました。

KFでの仕事は目まぐるしく変化する日々の中にありながらもとても充実していましたし、何より、人間的にも、ビジネスパーソンとしても、それぞれ魅力を持ったメンバーのサポートを行えることが、私にとってはこれ以上ないくらい幸せだと感じていたんです。さらに、小西先生のパーティーの時に、来日していたUKオフィスのメンバーとも直接会っていたこともあり、彼らと一緒にUKで働いてみたいという思いが強まり、UK法人での勤務を決断しました。

実際にUKに行くことを決めてからは、怒涛の日々でした。UKではアドミニストレーション業務の全般を担当することになったので、5月頃からコーポレート部門のメンバーに、労務や、会計、ガバナンスの業務を一から教えていただき、2022年10月からUK駐在をスタートしました。

実際にKF UKで働く中で感じたことはありますか?
業務の面では、マネジメントの視座を持つことの重要性を強く感じています。UKでアドミニストレーションの仕事を行うようになり、マネージャやヘッドの方からフィードバックをいただける機会が増える中で、これまで自分が個人的な感情から動くことが多かったことに気がついたんです。

例えば、誰かが経費精算のやり方がわからないという時、これまでは自分が代わりに処理するようなアプローチで解決していたのですが、部門の立ち上げに関わる中で、自分が代行するのではなく、誰でも簡単にできるようなガイドラインや仕組みづくりなどを行なっていくことが必要だと実感しました。こうしたことへの気づきを含めて、献身的にサポートしてくれる上司には心から感謝しています。

あとは、駐在して間もない時に、とある執行役員の方から、「仕事としてのミッションももちろん大事だけど、まずはUKメンバーとの信頼関係を築いて欲しい。時差やオンラインの制約があって、どうしても日本のメンバーからはUKのメンバーの日々の仕事内容や抱いている気持ちへの理解が追い付いていないことが多いと思っているから、神田さんにはその架け橋になってほしい」という言葉をいただいて。もちろん、私一人でできることに限りはありますが、昔、国内外を転々とする中で居場所のなさを感じたことのある私だからこそ、寄り添える気持ちがあるんじゃないかと感じられたんです。

それからは、UKメンバーと話す際に、離れていても日本のメンバーはUKメンバーのことをちゃんと一員だと思っていることを感じてもらえるように意識したり、日々の仕事をする中で気がついた日本とUK間のギャップを、少しずつでも埋められるように行動したりすることを心がけています。

たとえば言葉に関しても、日本の方がやはり情報の量も密度も濃くなりがちで、要点は抑えつつも、英語で伝える時に細かいニュアンスが簡略化されてしまうことが少なくないことに気がつき、駐在当初はなるべく日本の全社集会に出て、ランチの時にUKメンバーにその内容を共有するようにしていました。

あとは、時差の関係で、1日の中でも日本のメンバーとやり取りをできるのは3~4時間程度なのですが、実際にUKで日本のメンバーとやり取りをしてみて、この時間の制約が思った以上に連絡の取りにくさにつながることを実感しました。特に、直接日本のメンバーと面識のないUKメンバーも少なくないので、私自身がUKのメンバーから質問を受けた時に、その質問の回答者として適任な日本のメンバーを積極的につなぐように心がけています。マッチングというか、少しお見合いの仲人みたいだなと思っています(笑)。

今後KFにどのような組織になってほしいですか?
これは、今のKFの好きなところでもあるのですが、組織のトップである長尾さんや小西さんが、「核融合の産業化」という大きなゴールに対して、それぞれが抱く思いは違っていいと言い切ってくださっているところがすごく格好いいと思っていて…。まず、従業員それぞれの人生があって、その人生をより豊かするためにKFを活用してほしいというのも、よくおっしゃっているんですが、そんな組織で働けるのはすごく幸せなことだと感じています。

また、グローバルでの多様性という側面以外にも、小さいお子さんがいらっしゃる人や他の勉強と両立したい人、派遣や契約、業務委託やアドバイザリーのような形で関わっているメンバーなど、当然ながら一人ひとり背景が多様です。私自身、これまで自分がアウェイになることの恐怖を味わってきたからこそ、メンバー全員がインクルーシブに活躍できる組織にしていきたいと個人的には考えています。

神田さん自身はKFでどんなことを達成したいですか?
KFの最前線で戦うビジネスとエンジニアのメンバーが遺憾無く力を発揮できるように、彼らが安心して働けるような環境づくりに尽力したいです。コーポレートの仕事は具体的な内容が見えにくいかもしれませんが、むしろメンバーがわざわざその詳細を意識する必要もないくらい、安心して自分の仕事に取り組めるような状態が理想だと思っています。そのためにも、先に述べたマネジメントの視座を身につけるために頑張りたいです。

今はまだ道半ばですが、私が子ども時代に感じてきたことや、前職から培ってきた情熱を活かすことができるKFで、日々核融合の産業化に向けて頑張っているメンバーたちのために仕事に打ち込める今の環境にとても感謝しています。

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